通常損耗分を含めた原状回復義務

通常損耗分を含めた原状回復義務の特約が有効とされた事例

東京地方裁判所判決 平成12年12月18日

1 事案の概要(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)

賃借人Xは、平成6年3月、賃貸人(サブリース業者)Yと月額賃料7万5000円で賃貸借契約を締結し、敷金22万5000円を差し入れた。

本件契約書には、赤の不動文字で記載された「賃借人は、本件建物を明け渡すときは、畳表の取替え、襖の張替え、クロスの張替え、クリーニングの費用を負担する。」旨の特約が付され、賃借人Xと賃貸人Yはその旨合意した。

賃借人Xは、平成11年5月、本契約を賃貸人Yと合意解除し、賃借物件を賃貸人Yに明け渡したが、賃貸人Yは、賃借人Xに対し本件建物は新築で賃貸したものであるが、通常の使用では生じない汚損・損耗があり、汚損状況は賃借人Xの放置によるものとして、本件契約の特約条項に基づき、5月分の前家賃4万1130円及び敷金22万5000円の合計額から畳の取替え費用等23万8875円を相殺し、精算金2万7255円を賃借人Xに返還した。

これに対し賃借人Xは、本件特約は公序良俗に反し無効である。また、特約条項に基づく費用額が敷金よりも高額になることを契約時及び更新時に一切知らされていない。

本件建物は住宅金融公庫融資物件であり、住宅金融公庫法は、自然損耗による畳等の原状回復費用を賃借人に負担させることを禁止しており、本件特約は無効である。

さらに、重要事項説明で特約条項の説明がなかったのは宅建業法違反であるとして、敷金等精算残金23万8875円の返還を求めて提訴した。

一審(東京簡易裁判所)は賃借人Xの請求を一部認めたが、賃借人Xはこれを不服として控訴し、賃貸人Yからも付帯控訴がなされた。

?2 判決の要旨

これに対して裁判所は、(1)本件特約条項による負担額を具体的に算出することは契約時には困難である。

(2)住宅金融公庫法の規定については、賃貸人自身が公庫融資を受けたものではない等により同法違反を理由とする本件特約条項の無効は主張には理由がない。また、賃貸人には宅建業法の規制は及ばない。

(3)消費者保護の観点も重要であるが、私法上、私的自治の原則が重要な私法原理であって自己の意思に基づいて契約を締結した以上は、その責任において、契約上の法律関係に拘束されるのが大前提である。

(4)契約内容を限定するには、当事者の意思自体が当該条項に限定的な意味を与えたに過ぎないと認められる場合、契約条項の文言から限定解釈が可能である場合、当該契約関係が私的自治の原則を覆滅させてでも修正されなければならないほど不合理・不平等な結果をもたらすものであり、強行法規や公序良俗違反という一般条項の適用が可能な場合でなければならない。

(5)本件特約条項が公序良俗に反するとは認めがたく、特約条項が自然損耗分を含まないと解釈するのは困難であり、本件特約条項は拘束力を持つといわざるを得ない。

(6)以上から、賃借人Xの控訴は理由がないとして棄却し、賃貸人Yの付帯控訴に基づき原判決の賃貸人Yの敗訴部分を取り消した。

?他にオフィスビルの賃貸借において、賃借人には「原状回復条項に基づき、通常の使用による損耗、汚損をも除去し、賃借当時の状態に原状回復して返還する義務があるというべきである」と判示した、平成12年12月27日東京高等裁判所判決がある。